3.タチイヌノフグリの不思議

3.1 タチイヌノフグリの仲間

 タチイヌノフグリはゴマノハグサ科で、その仲間にオオイヌノフグリ、イヌノフグリ、フラサバソウの4種があるいずれも1~2年草でその違いは僅かだが、帰化植物で少し乾き気味な雑草の原に生育している。オオイヌノフグリを除き花径はどれも3~4㍉と小さく、色も形もオオイヌノフグリによく似ている

 タチイヌノフグリは3月頃から青い花を咲かせ、4月半には午前中に青く、昼前後からピンクに変わるものがある。このピンクの花がイヌノフグリとすれば葉の形が少し異なる。花がピンクであるからイヌノフグリかも知れないと調べて見た。まず牧野の図鑑を見ると、特別な説明はないが、イヌノフグリは掲載図に短い花柄が描かれ、タチイヌノフグリには花柄がなかった。他の図鑑を見ても同様じように説明はない。

3.2 群生するタチイヌノフグリの中にピンクの花

 見慣れた野草で左端はオオイヌノフグリの花である。他の写真は4月頃から見られるタチイヌノフグリである。左から2番目は地上部の茎・葉・花など全体像である。背丈は10数㌢前後か、時にそれ以上に成長するものもある。芝生などでは栄養が少ないのか、せいぜい10㌢にも満たないものが多い。

 ところが図鑑には青い花(右から2番目)しか掲載されていないが、タチイヌノフグリは時期や時間によってはピンク色(右端)の花も見られる。花の色が図鑑と違うので、別種かな?と首をかしげてしまいそう。

①3月頃から咲く花(右から2番目)は花弁が4枚で青い色が少し濃く、また大きさが極く小さい花なので、オオイヌノフグリに間違えることはない。もちろん誰が見てもタチイヌノフグリそのものである。

②4月頃になると青い花の中に、ピンクの花(右端)が入り混じって生育し、背丈は全く同じである。

③下旬頃からピンクの花は増加し始めるので、絶滅危惧種のイヌノフグリだろうかと思ってしまった。

④5月になると、目立って青い花は減少し、ピンクの花が増加する。でも全体像はタチイヌノフグリだ。

3.3 タチイヌノフグリの詳細な観察

 我が家の芝生には隙間なくタチイヌノフグリが群生する。青い花の時はタチイヌノフグリである。ピンクの花はイヌノフグリと思えるような花弁である。ところが気温の上昇とともにピンクの花は増加し、青いタチイヌノフグリは減少した。これは、はじめからピンク色の花が咲いたのか、青い花がピンクに変わったのか判らない。隙間なく群生するので、一つの花から次の花に目を移すと、どれが前の花なのか区別ができなくなる。そこで3個の評価・観察用の試料を作り、各試料の容器には10本ほどの個体を植えた。

①容器はガラス瓶で大気解放し、芝生の脇に近いベランダの日光が当たる場所に置く(試料A)

②①と同じ試料を部屋の中、窓ガラス越しで日光の当たる場所に置く(試料B)

③シャーレに入れ空気が入れ替わるように蓋をし、部屋の日光が当たらない場所に置く(資料C)

この3条件(各試料には水分のみを供給)で、試料の花の変化を調べた。

3.4 観察結果

試料Aは、花の寿命がたった「1日の寿命」だった(図鑑には1日花と記されている)。9時ころに花が顔をだし、10時ころには青い花を咲かせ、12時前後にはピンクの花に変わり始める。そして午後2時ころにはほぼ全数ピンクに変わり、また花を閉じ細長い丸い形に変化し、4時ころ閉じた花を落下する。これは風が吹いたり、人が触れたりするとすぐに落下してしまう。

②試料Bは、少なくとも花の寿命が「2日以上」に延びた。

③試料Cは、花の寿命が「5~6日」と大幅に延び、シャーレの中で新しく咲いた花は色と形が変った。 

 下の写真は花がピンクになった後の花である。左は咲き終わり落下寸前の花で、中央は落下中で、たまたま撮影した写真。また右の写真はシャーレの中で咲いた花で、色も白く形も異なっていた。 

3.5 結果の検討

①青い花もピンクの花もタチイヌノフグリとして間違いはないと思う。青もピンクもその色素はアントシアニンで違いないだろう。3月の頃は太陽光は弱く紫外線はまだ少なく、活性酸素の影響が少ないため「青い花」のまま果実を実らせたと思われる。

②4~5月は太陽光が強くなり紫外線が増加するため、紫外線の害と活性酸素の発生を避ける目的で、比較的紫外線を吸収し反射するピンク色に変ったと考えられる。

③試料Bのガラス越しに置いた花の寿命が延びた理由は、紫外線がガラスを透過する際に減衰し、活性酸素の発生量が少なくなり、「老化の進行が遅れた」と考えてよいだろう。

④試料Cは、シャーレでさらに紫外線が減衰し、活性酸素の発生は極小になったので、1日花であるタチイヌノフグリは環境条件に恵まれ寿命が長くなったと思う。またシャーレ内で新しく咲いた花は、葉で受ける光に紫外線が検出されないので、その影響で変化したと考えている。

 追加し、5月中ごろになり裏庭の生け垣など、日光があまり当たらない場所に寄り添って咲く、タチイヌノフグリは青い花を咲き続けていた。これがタチイヌノフグリの本来の色であるのかも・・・。 

3.6 追記

 オオイヌノフグリは午前中に花を咲かせ、ハナアブやハナバチが蜜を吸いに訪れ他家受粉をする。(観察した経験はないが)午後になると、はじめに側弁を閉じ(花弁がオシベを動かし花粉がメシベに接触)、次に上下の花弁を閉じるそうである。これは午前中に受粉出来なかった場合、自家受粉するための行動であると資料にある。しかしタチイヌノフグリは(花が小さく昆虫が停まれないので)同花受粉でしか受粉できない。それにも関わらず午前中には青い色の花を咲かせ昆虫を呼ぶ真似をしている。午後に内受粉をせざるを得ないから、側弁を閉じ上下花弁を閉じ(3.4左端写真)て一連の受粉の行動を終了させる。

 青い花は紫外線を反射するので昆虫の目にとまりやすいというが、あの小さな花で昆虫に目の分解能で認識できるのだろうか。それともオオイヌノフグリは昆虫を呼ぶために色でなく香で見つけてもらうのだろうか。またタチイヌノフグリは昆虫にアピールする必要がないのに花を青色に、午後に種子を護るために花弁をピンクにするのであろうか。するとタチイヌノフグリは進化した結果が花弁の色を変えた行動であり、オオイヌノフグリは果実を護るため花弁の色を変化せず、花柄を折り曲げて紫外線を防ぐのであろうか。そんな植物の不思議さを考えてみたが、4種の仲間のどれかが最初に誕生し、他の種はその後の環境要因に対応した結果なのであろう。興味深々のテーマであるが、解明する力を持たないのは残念である。