1.ヤマコウバシ

1.1 冬の雑木林で目にする枯葉の木

 まずこの不思議な木を簡単に紹介します。ヤマコウバシはクスノキ科クロモジ属の仲間で、せいぜい数㍍以下のです。落葉樹が葉を落した冬の裏山とか里山で、枯葉を春まで付けている目立って不思議な木(右の写真)です。春に山の木は一斉に新緑になります。葉を出すと周辺はみな緑で、春の山でこの木を目にできる人は、この木を知っている人だけです。葉を落し枯れ木の姿を目にできる人はまずいません。そんな枯れ葉のないヤマコウバシは貴重な木です。

 クスノキの仲間ですから葉を揉むと強い香りがします。その香りが山に広がり匂うのでこの名がついたといわれます。ヤマコウバシの落葉は春の始めに、クスノキの葉は春の中ほどに、あまり違わない時期に葉を落します。しかもヤマコウバシは12日で、まるで瞬きする間もなくおお急ぎでを落します。クスノキは常緑樹なので見た目には感じませんが、やはり落葉を急ぐのはヤマコウバシと同じです。

 

 1.2 日本にはメスの木だけしかない

 この木は日本に雄の木が全く生育しないとか、1本だけは発見されたとか言われていますもともとは中国から引っ越してきた木で、故郷の中国には雄の木がいるそうです。雄の木がいないのに花が咲き、果実もでき種子も作る不思議な木です。一般的には単為生殖と呼ばれますが違うという意見もあります。さらにこの木の種子を発芽させるのは大変難しいと言われ、図鑑にもできないとか、判らないとかの説明があります

 

1.3 なぜ受粉ができ、果実や種子ができるのか?

 もしかして、中国の雄の木から偏西風に乗って、PM2.5と一緒に花粉が飛んでくるのでしょうか?それともクスノキと同じ仲間の、例えば、クロモジの花粉で受粉するのでしょうか?

 これを確認するために、花の咲く前に花芽にビニールのカバーをしました。数か所でその実験しましたが、結果は花粉が付かない筈なのに、緑色の果実ができました。花粉がないのに受粉したのです。

 

1.4 秋に実った種子は翌春に芽が出る?

 ヤマコウバシの種子を何年も何度も種子を蒔き続けました。芽が出ない種子に発芽させる方法、そんな本や記事を頼りにやってみましたが、一向に芽が出ません。そしてその理由を知るのにながい長い時間がかかってしまいました。その一つは、種子が乾燥に極めて弱いことです。果実が根元に落ちて1~2か月もすると枯れて死んでしまいます。もう一つは、種子が未熟で1年以上の熟成が必要なことでした。未熟の種子を熟成?させる。素人には全く判りませんでしたが、意外とその問題は簡単に解決しました。

 

1.5 ヤマコウバシの芽が出ました

 右の写真はヤマコウバシの赤ちゃんです。20153月に発芽しました。写真は発芽から2か月経って、少しだけ大きくなった5月のヤマコウバシの子ども(幼樹)です。この前に、201410月に最初の芽が、また11月にも芽が出しました。しかし成長は悪く春になっても小さいままでした。植物は寒い冬を越すのが大変で、植物ホルモンであるアブシシン酸が、芽を出さないように抑制しています。そのアブシシン酸は冬の間少しづつ減少し、春に芽が出るように合わせています。さらにオーキシンと呼ばれるホルモンもあって、発芽も発根も、また発芽後の成長にも役立っています。未熟の種子が何であるか、それは発芽した姿を見てようやく理解できました。種子は外見も内部もその仲間のクスノキと全く同じ形状をしていました。そこには見ても判らない植物ホルモンが欠乏し、発芽を阻止していたのでした。そのような苦労も知らずにヤマコウバシは、現在も元気にすくすく育っています。

 

1.6 秋に落葉樹が葉を落とす理由

 ところで、どうしてヤマコウバシは春まで枯葉を枝に付けておくのでしょうか?その前に、ふつうの落葉樹はなぜ葉を落とすのでしょうか。それは冬になると乾燥し水分が不足するので、葉をつけていると葉の蒸散作用で木の負担が大きくなるからです。ところで一般の葉はどこから切れて落ちるのでしょうか。葉と枝は「葉柄(ようへい」と呼ばれる棒状の柄でつながっています。葉が紅葉する頃になると、葉柄の枝の近くに離層と呼ばれる組織が作られます。そして葉が紅葉すると葉の働きが悪くなり、エチレンが発生し離層の組織を壊し切断します。これは落葉樹が冬を乗り切るために身に着けた知恵です。

1.7 ヤマコウバシは常緑樹から落葉樹へ変化の途上に

 むかし昔ヤマコウバシは暑い(熱帯か亜熱帯)地域に生育する常緑樹でした。ところが環境が温帯に変化したのか、それとも暑い地域から温帯まで生育広げ過ぎてしまったのか、常緑樹のままでは生活しにくくなり落葉樹への変化を始めたらしい。しかしヤマコウバシは今でも環境変化に完全に適応できず、緑樹の性質を残し春になるまで枯葉を落とさないといわれています。

 この枯葉を落とす離層についてヤマコウバシに諸説あります。ヤマコウバシは秋に離層を作りますが、冬になっても離層を完成できず冬眠状態で離層を作ることを一時停止し、暖かくなり木が目覚めようやく離層を完成させ落葉する。この説が一番多いようですが、本当はどのようなことなのでしょうか?

 

1.7 ヤマコウバシの落葉

 ヤマコウバシは葉柄と枝とをつなぐ離層細胞の形成が、冬の到来で休眠し、春になって再開し他の木同等に落葉する。このように解説する本はあります。そこで晩秋から毎週顕微鏡で細胞を調査し続けましたが、離層は全く観察できませんでした。

 離層が形成されないので落葉はない。写真は2016年2月末の樹木で、沢山の枯葉を付けています。ただ枝の最先端を見ると、葉がないように見えます。実際にも葉はなかったのです。

 

 4月になり2回の強風の日がありました。1回目は4月5日の風で半数前後の葉が落ちたようです。2回目の強風は4月10日で、右の写真のようにほとんどの葉が落ち見られなくなりました。

 葉はどのようにして枝から離れたのかを調べてみました。もちろん離層も調べてみましたが、まったく離層は見られません。中央の下部にはまだ残った葉がありますが、この場所には強風が当たらなかったから残ったようです。それではなぜ葉はなくなったのでしょうか?

1.9 落葉した葉柄の状態(落葉?した原因)

 葉が落ちた痕の状態を調べました。下の写真のように、樹木の枝の全ての葉や葉柄などに、風による機械的な力が加わり、風の強さや強度的に弱い場所から、破壊された形跡がありました。左の写真は葉身の一部から千切れ、中央は葉柄の中ほどから、右はまだ生きままの葉柄の根元から千切れ、葉がなくなった痕跡です。まとめると、ヤマコウバシは離層細胞を作り、自らの意思で葉を落としませんでした。風が強く当たる場所の葉や機械的強度の弱い場所から順次千切れ飛んだのです。また一度の強い風で千切れなかった場所も、何度かの風で千切れ飛んだと推定しています。離層細胞が作られないのですから、当然葉柄から葉身まで、場所を限定することなく無関係に、落葉せず千切れ飛んでしまったのです。

 ですから、2月末の木の先端の枝に葉がないのは、枝の先が最も風当たりが強いから、まずこの部位の葉から千切れ飛ぶのは当然の結果といえます。

終わり

 これからは、葉柄と枝の接続部に形成される離層細胞について詳細に観察する予定です